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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)419号 判決 1982年2月18日

原告

兼田愛子

被告

湘南小田急交通有限会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し連帯して金二、四八五万六、二五六円及びこれに対する昭和五四年三月一四日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、右第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し連帯して金三、一五八万九、六三六円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和五四年三月一四日から右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  答弁の趣旨

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

別紙(一)のとおり。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

別紙(二)のとおり。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件請求原因事実第一の一ないし七は当事者間に争がない。

二  成立に争のない甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし九、原告本人の供述を総合すると、本件請求原因事実第一の八を認めることができ、これに反する証拠はなく(但し、本件事故による受傷のため、原告がその主張のとおり入院したこと、その主張のように昭和五二年七月一五日まで通院したことは、当事者間に争がない。)、同事実第一の九は当事者間に争がない。

三  同事実第二の一は当事者間に争がない。

四  同事実第二の二は、前方不注意の点、民法四一五条の債務不履行責任があるとの点を除いて当事者間に争がなく、この争のない事実及び前記確定された事実からすると、被告金子はタクシー運転手として乗客たる原告を安全に目的地まで運送する義務を負つているものであるところ、本件事故をおこしたことにより右義務を履行しなかつたものであることが明らかであるから、右不履行につきこれが同被告の責に基づくものでない等の同被告の抗弁のない以上、同被告は同条の債務不履行責任を負うというべきである。

五  そこで、原告主張の損害について検討する。

1  別紙損害明細書(1)の第1(積極損害)の1(交通費)の(1)について

右(1)の事実及びこれに基づく金九万円の原告の損害については、これを認むべき証拠がない。

2  前出甲第一ないし第四号証、証人松堂茂雄の証言、原告本人の供述、弁論の全趣旨によると、同明細書(1)の第1の1の(2)の事実(金六万七、五〇〇円の通院タクシー代の損害)及び同(3)の事実(金二万〇、四〇〇円の通院電車賃の損害)並びに同明細書(1)の第1の2の事実(付添費金五万円の損害)を認めることができる。

3  同明細書(1)の第1の3(諸雑費)については、前記認定の入院日数四〇日につき、一日金一、〇〇〇円の割合によつて計算した金額四万円を本件事故による入院諸雑費の損害とみるのは相当であるが、原告主張の通院諸雑費を本件事故による損害とみるのは相当でない。

4  結局、原告の積極損害については、別紙損害明細書(A)のとおり金一七万七、九〇〇円となる。

5  前掲各証拠及び弁論の全趣旨によつて成立を認めうる甲第六号証によると別紙損害明細書(2)の第2の1の事実(休業損害一〇万〇、七〇〇円)を認めることができる。

6  前出甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし九、証人松堂茂雄の証言とこれによつて成立を認めうる甲第一五ないし第一九号証、原告本人の供述とこれによつて成立を認めうる甲第二九号証、成立に争のない甲第五〇、第五二号証、証人山川勇の証言を総合すると次のとおり認定することができる。

原告は、昭和一六年三月東北帝国大学文学部を卒業し、他校で教鞭をとつたのち、昭和三一年四月一日付で日本大学藤沢高等学校(以下日大藤沢高校ともいう)の教諭(非常勤講師に対する意味で、専任教諭とも、正教諭とも呼ばれる)に任命され、以来同校教諭として同校に勤務し、後記のとおり同校教諭を退職するまで、同校教諭として国語科の授業を担当し、またその間、国語科主任、クラス担任、女生徒の生活指導主任等も歴任し、同校のクラブたる華道部、茶道部の顧問を引受けるなど同校における教育の充実、発展のため活動した。

日大藤沢高校における教諭の定年は六五歳と定められているので、原告(大正四年一〇月二日生)は、昭和五五年一〇月一日の定年の日を迎えるまで同校教諭として同校のために尽したいと考えていたし、原告は本件事故にあうまで健康体で勤務を休むことも殆どなかつた。

しかしながら、原告は、前記のとおり昭和五一年四月二〇日本件事故にあい、前記のとおり受傷して前記のとおり入、通院し、昭和五二年七月一五日にやつと症状固定をみた。

原告は、同五一年九月に同校教諭として職場に復帰したが、本件事故による受傷のため次のような症状に苦しめられたし、今もなお次のような後遺症に苦しめられている。

すなわち、

(一)  原告は、本件事故後一、二年位の間は、突然意識がなくなつて失神することが年に三回位あり、駅の柱につかまつてこれにたえたり、洗濯中に倒れたりし、また、めまいに襲われることが月に数回あり、これに悩まされた。

原告は、現在でも、時々めまいに見舞われ、悩まされている。また、原告は現在でも失神の危険があるので、外出はお供つきでなければできない状態であり、これによる精神的、物質的負担も大きい。

(二)  原告は、事故後体全体がだるく耐久力がなくなり、事故前は八時間位勉強しても平気であつたが、事故後は勉強を長く続けることができず、現在でも原告はせいぜい一、二時間位しか勉強ができない。

(三)  原告は、事故前は長時間人と話をしても平気だつたが、事故後はこれができなくなつた。すなわち、事故後一年位の間、原告が人と会つて話をし、それが約三時間に及ぶと原告は後頭部が痛くなり、それ以上人と会つていられないのであつた。

原告は、今なお事故前のように人と長時間話をすることができない。

(四)  原告は、事故後特に右上肢の肩関節等の機能に障害が残り、右上肢を十分に上にあげることが、現在もできない。そのため、原告は今なお、教壇で授業するとき黒板の上方に字を書くことができず、自分自身では下を向いて髪を洗うこともできず、着るものも前あきのものしか着ることができない。

(五)  なお、昭和五一年九月に職場復帰をした当時、原告は教壇に立つと目がぐるぐるまわる感じがして生徒を正視できないこともあつたし、昭和五二年二月同校への入試の採点をした際には、原告は一時間位採点したところで目が眩んで見えなくなり、手足も動かない感じになつたので、医者に駆け付けたこともあり、採点後の職員会議の際にも人の話を聴いているだけで頭痛に襲われて苦しんだ。

以上のような状態であつたので、原告は昭和五二年三月頃、その責任感から今後正教諭としてはその仕事を通じ責任を全うできないと考え、正教諭を退職することを決意した。そして、退職後は、授業をするだけで、クラス担任その他生徒の管理面の仕事を一切しなくてもすみ、また授業時間数自体も少なくてすむ非常勤講師として同校に勤めようと考え、同校と相談の上、同年三月末日付で同校の正教諭を退職し、同年四月一日同校の非常勤講師の委嘱をうけ、その後も努力して余り休まずに同講師として国語の授業を続けてきた。非常勤講師としての授業においても黒板に字を書くことは重要なことであるが、原告は工夫して殆ど黒板に字を書かなくても、授業内容を理解させる方法を研究し、これを実行している。

かように認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実からすると、原告の正教諭退職の原因は専ら又は主として本件事故ないし被告金子の債務不履行による原告の受傷にあるというべく、本件事故ないし右債務不履行と右退職との間に相当因果関係のあることは明らかである。

前出甲第二九号証(原告の退職願)の記載の体裁が右認定、判断の妨げとなるものでないことは多言を要しないし、また、原告が非常勤講師の委嘱を受けた後においても余り休まずに同講師としての勤務を続けていることは前認定のとおりであるが、前掲各証拠と弁論の全趣旨によると、このことは前認定の原告の症状、後遺症にめげない原告の努力、気力ないしは責任感によるものであることを認めるに十分であるから、このこともまた前記判断を左右するものとはなりえず、他にこれを左右すべき資料はない。

以上のとおりであるから、原告が専任教諭であつたとした場合の収入推定額から、非常勤講師になつた原告の収入額(及び同推定額)を差引いたものは、本件事故ないし債務不履行(以下本件事故等という)による原告の逸失利益の損害というべきである。

7  前記6の判断を前提とし、かつ右6冒頭掲記の各証拠及び成立に争のない甲第九、第一〇号証、第三二、第三三号証、証人宮内奉一郎の証言とこれによつてその成立を認めうる甲第二六号証、原告本人の供述によつてその成立を認めうる甲第三〇号証の一、第三一号証、第三六号証の一、二、第三七、第三八号証、第三九号証の一ないし三、第四〇号証の一ないし六、第四一号証の一ないし三、第四二号証、第四三ないし第四七号証の各一、二、第四八号証を総合すると、原告主張の別紙損害明細書(2)の第2の2の逸失利益については、別紙損害明細書(B)の第2の2の逸失利益のとおり認定することができ、これを覆えすに足りる証拠はない。すなわち、

原告主張の同明細書(2)の第2の2のAの(1)については、右各証拠により、その主張のとおり(但し、同明細書(B)の第2の2のAの(1)のとおり、同(1)中の註(ハ)が加わる)認めることができる。

原告主張の同明細書(2)の第2の2のAの(2)については、右各証拠により、同明細書(B)の第2の2のAの(2)のとおり認定することができ、この認定に沿わない原告の主張は認めることができない。

原告主張の同明細書(2)の同Aの(3)については、原告は同所で生活費控除を行つているが、本件は死亡事故ではないから、右の生活費控除をする必要はなく、この控除を行うことは相当でない。そこで、同(3)において原告は内金請求をしているものと解するのが相当であり、結局、同(3)については同明細書(B)の同Aの(3)のとおり認めるのが相当である。

原告主張の同明細書(2)の第2の2のB及びCについては、右各証拠により、その主張のとおり認めることができる。

結局、原告主張の逸失利益金二、六一五万六、七三六円(同明細書(2)の第2の2)(なお、この金額は、もともと、原告の主張自体に含まれる計算の誤りによつて、金四〇七万余円過大に計算されているものである。)は、同明細書(B)の第2の2のとおり、金二、二〇七万八、三五六円の限度で認められるべきものである。

8  原告主張の別紙損害明細書(3)の第3の1(傷害慰藉料)については、原告が本件事故により湘南第一病院へ入・通院したこと、及びその期間、治療実日数が原告主張のとおりであることは、前記説示、認定のとおりである。これらを前提とし、その他諸般の事情を考慮すれば、本件事故等による傷害慰藉料は金一〇〇万円と定めるのが相当である。

9  原告主張の同明細書(3)の第3の2(後遺症慰藉料)について検討する。

原告は、原告の肩関節の機能障害について、これは自賠法施行令二条別表の第一〇級一〇号に相当する後遺障害であると主張するところ、本件において、原告が自賠責保険調査事務所の後遺障害の等級認定を受けていないことは訴訟上明らかであり、また原告に対する診断書(甲第二、第三号証)もこの点必ずしも明確なものではないので、前記6で認定した原告の各後遺症がそれぞれ右別表の何級何号に相当するかを一義的に確定することは困難である。

しかしながら、本件においては、右6で認定した各後遺症により原告が苦しんでいる苦痛の程度、その苦痛の特徴、内容、本件事故等の程度、態様等を考量し、その他諸般の事情を斟酌して本件事故等による原告の後遺症慰藉料を金一六〇万円と定めるのが可能、かつ相当であり、成立に争のない乙第一、第二号証の各一ないし四は右判断を妨げる性質のものではなく、他にこれを左右すべき資料はない。

10  右の8、9のとおり、原告主張の慰藉料(同明細書(3))は、結局別紙損害明細書(C)のとおりのものとなる。

六  右の五のとおり、原告の損害は、積極損害金一七万七、九〇〇円(その内訳は別紙損害明細書(A)のとおり)、消極損害金二、二一七万九、〇五六円(その内訳は同明細書(B)のとおり)、慰藉料金二六〇万円(その内訳は同明細書(C)のとおり)以上合計二、四九五万六、九五六円となる。

七  以上の次第で、被告らは、本件損害賠償として、原告に対し連帯して右合計額から原告において弁済を自認する金一〇万〇、七〇〇円を差引いた金二、四八五万六、二五六円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが訴訟上明らかな昭和五四年三月一四日から右支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

したがつて、本訴請求中、被告らに対し右義務の履行を求める部分は理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却を免れない。

八  よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法第八九条、第九二条但書、第九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 海老塚和衛)

別紙 (一) 請求の原因

第一 事故の発生

原告兼田愛子は、次の事故によつて傷害を受けた。

一 発生時 昭和五一年四月二〇日午前一一時三〇分頃

二 発生地 藤沢市亀井野一八六六番地

日本大学藤沢高等学校構内

三 発生場所の状況

交差点、舗装

四 事故区分 出合頭

五 加害車両 原告兼田同乗、被告湘南小田急交通有限

(甲車) 会社(以下被告会社という)の運転手=被告金子運転相模55あ一七二九 普通乗用自動車

六 訴外衝突車両 田辺泰夫運転

(乙車) 横浜56ふ九八八三 普通乗用自動車

七 被害者 原告兼田愛子(大正四年一〇月二日生)

本件事故当時は日本大学藤沢高等学校教諭

八 原告の蒙つた傷害

(傷病名) 頸推捻挫 歯牙損傷

挫傷(頭部、顔面、両大腿)

全身打撲

(主訴又は自覚症状)右上肢挙上困難、時々眩暈あり。右臀部、大腿部疼痛、左右膝脱力感(以上診断書記載による。後記参照)

(上肢の機能障害)

肩 自動 右 九〇度 左一八〇度

他動 右一七〇度 左一八〇度

(入・通院治療期間)湘南第一病院

入院 自昭和五一年四月二〇日

至昭和五一年五月二九日

入院治療期間四〇日間

通院<1>自昭和五一年五月三〇日

至昭和五二年七月一五日

通院治療三六五日間以上

内治療実日数七五日

なお、昭和五一年五月三〇日から翌六月一杯の一か月間、原告は、安静療養のためと通常の日常の起居動作ができなかつたので、辻みね子の付添を要した。

<2>自昭和五二年七月一六日

至昭和五三年六月一二日

通院治療三三二日間

内治療実日数六〇日

今でも、リハビリテーシヨンとして通院している。

九 事故の具体的内容

原告が同乗していた被告金子運転の甲車と、訴外田辺泰夫運転の乙車が、別紙図面のとおり、日本藤沢高校構内の道路の交差点で出会頭に衝突した。その結果、甲車に同乗していた原告が前記傷害を負つたもの。

第二 責任原因

被告等は、各自次の理由により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

一 被告会社は、いわゆるタクシー会社であり、加害車両(甲車)を所有し、これをタクシーとして自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条による責任。

二 被告金子勝美は、右被告会社の従業員であり、タクシー運転手として、乗客たる原告を安全に目的地までに運送する義務を有するところ、前方不注意、徐行義務違反という過失によつて本件事故を発生させ、よつて原告に対し、本件傷害を負わせたものであるから、民法第四一五条の債務不履行責任。

第三 損害

一 損害の種類及び金額は、別紙損害明細書(1)、(2)、(3)のとおり。

二 本件損害算定事情中、特記すべき事項は次のとおり。

(一) 昭和五一年四月二〇日の本件事故当時、原告は日大藤沢高校国語科の専任教諭であつたが、本件傷害による後遺症のため、本務を完全に従前の如くは全うできなくなつたので、昭和五二年三月三一日付で退職した。教員として、日々の授業に絶対に必要な板書が不能となつては教員生活に致命的打撃で、教師としては不具といわざるをえない。しかし、学校当局の援助で、昭和五二年四月一日から時間講師(非常勤講師ともいう。)として勤務して今日に至つている。本件事故と右退職との間に相当因果関係のあることは明らかである。また、本件事故前と事故後の差のある現状は、原告にとつて、次の諸点と相まつて精神的肉体的に、筆舌に尽しえぬ苦痛である。

(二) 本件事故後、原告のからだ全体が疲れやすくなつた。高校教師であるから、読書は必らずしなければならないところ、読書は長時間続けられなくなつた。せいぜい一時間位で、それ以上は全身的に疲れて不能である。

生徒、同僚、友人、知人と面談しても長時間は続けられない。長くなると頭が石のようになる。

原告は女性であるから、とくに清潔に身だしなみをよくしようとしても、自分自身で下を向いて髪を洗うことはできない。だから一週間に一度、美容院へ行く(費用は一回一、〇〇〇円かかる)ことになるが、本件事故前は、自分で自由に、好きなときいつでも洗髪できた。

また、洋服は、肩が不自由で自由に手を動かせないから後ろにチヤツク(ジツパー)が付いているものは着られず、ましてタートルネツクのセーターは、もう着られなくなつた。着るものは前あきのものに限るようになつてしまつた。

本件事故後、原告は、東京とか新宿とか混雑したところへは一人で行けないのである。フツと意識不明になつてその場に倒れてしまうことがあつたし、今でもその危険性が多分にある。だから、外出は、今でも必らずお伴を一人つけて歩く。何より、一人で歩けないということは、老境に入る者として耐えられぬ苦しみである。好きな旅行もできなくなつてしまつたのである。

三 損害の填補

1 被告両名の任意弁済 金一〇万〇、七〇〇円也

第四 結論

要するに、原告の蒙つた損害は以下のとおり。

一 積極損害 金四〇万二、九〇〇円也

(内訳)

1 交通費 金一七万七、九〇〇円也

2 付添費 金五万〇、〇〇〇円也

3 諸雑費 金一七万五、〇〇〇円也

(以上の明細は別紙損害明細書(1)のとおり)

二 消極損害 金二、六二五万七、四三六円也

(内訳)

1 休業損害 金一〇万〇、七〇〇円也

2 逸失利益 金二、六一五万六、七三六円也

A 給与、諸手当、賞与 金一、一七五万七、一八〇円也

B 退職金 金七六七万八、八〇〇円也

C 退職慰労金 金二六四万二、三七六円也

(以上の明細は別紙損害金明細書(2)のとおり)

三 慰藉料 金五〇三万〇、〇〇〇円也

(右の明細は別紙損害金明細書(3)のとおり)

右一乃至三合計 金三、一六九万〇、三三六円也

四 内入弁済額の控除

右二1(休業損害分金一〇万〇、七〇〇円也)は前記のとおり任意弁済を受けているから、同額を控除して、確定請求額金三、一五八万九、六三六円也。

よつて、原告は、請求の趣旨のとおりの判決を求める。なお、後記被告の主張一ないし三は争う。そのしからざることは、すでに本件請求原因で述べたとおりである。

以上

別紙(二) 請求の原因に対する認否及び被告の主張

一 第一項

一認める。

二認める。但し交差している道路(訴外田辺車進行路)は市道である。

三乃至七認める。

八原告が傷害を負つたことは認め、部位程度は不知、入通院の事実は認めるが、昭和五二年七月一六日以降の通院は不知、その余は不知。

九認める。

二 第二項

一認める。

二前方不注意、民法第四一五条の債務不履行責任があるとの点否認し、その余は認める。

三 第三項

一争う。

二(一)本件事故が原因で退職したとの点は争う、その余は不知。

(二)不知。原告主張のような症状があるとしても本件事故との因果関係を争う。

三認める。

四 第四項

争う。

被告の主張

一 本件事故と原告の専任教諭退職との間には相当因果関係がない。すなわち、原告の右退職は、本件事故のために余儀なくされたものではない。

二 原告には、その主張のような後遺症はない。すなわち、原告には、自賠法施行令別表の後遺障害等級表第一〇級一〇号に相当する後遺症がないばかりでなく、同等級表第一二級六号相当の後遺症もなく、結局原告には証拠上なんらの後遺症も認められないのである。

三 原告は、本件事故後、体が疲れやすくなつた、時々意識を失うなどの症状が残つた、と主張するが、これらの症状は、医学的に、他覚的な諸検査によつて客観的に証明された神経系統の機能障害に基づくものではなく、原告の主訴に基づく単なる神経症状にすぎない。

以上

損害明細書(1)

第1 積極損害 金402,900円也

1 交通費 金177,900円也

(1) 昭和51年4月20日の本件事故後、勤務先に通勤できた昭和52年1月1日から同年3月31日までの3か月間、通常の歩行が困難なので原告自宅から勤務先藤沢高校への送迎のため、藤沢市遠藤1316、市営遠藤第2住宅3号棟304号室川村広美と1か月30,000円の割で運送契約をし、3か月間金90,000円の通勤に要する費用を原告は支出し、同額の損害を蒙つた。

(2) 昭和51年5月30日から昭和52年7月15日まで通院治療期間365日間のうち、治療実日数75日(前記)

この通院期間中、原告は歩行困難であつたから、被告会社のタクシーを利用したが、当時、片道450円、往復900円であつた。故に、通院時、900円×75日=67,500円の通院交通費を出費し、同額の損害を蒙つた。

(3) 昭和52年7月16日から昭和53年6月12日までの通院治療期間332日間のうち、治療実日数60日(前記)、即ち、昭和52年9、10、11、12の4か月間に、1か月に15日間通院した。

小田急電鉄、六合駅から湘南台駅まで、片道170円、往復340円であつたから、340円×60=20,400円の通院交通費を支出し、同額の損害を蒙つた。

(1)、(2)、(3)の合計額177,900円也

2 付添費 金50,000円也

原告の入院期間中、付添つた辻みね子に対し、辞めるとき、金50,000円を、謝礼として支払い、同額の損害を蒙つた。

3 諸雑費 金175,000円也

原告入院中の40日間、通院中の135日間、日用雑貨品、栄養補給費、通信費、医師謝礼等その他の諸雑費を支出した。その額は多額にわたるが、今、1日1,000円の割で請求する。 (40+135)×1,000円=175,000円

(4 治療費は、被告会社が支払つた。)

以上、1、2、3合計金402,900円也を積極損害として請求する。

損害明細書(2)

第2 消極損害 金26,257,436円也

1 休業損害(諸手当の減額分)

金100,700円也

本件事故当日の昭和51年4月20日から同年6月30日まで長期欠勤したため、以下の手当が減額支給された。

(1) 試験及び期末手当 基準額 217,200円

実際支給額 186,500円

差額 30,700円―<1>

(2) 夏期手当 基準額 506,560円

実際支給額 436,560円

差額 70,000円―<2>

差額計(<1>+<2>) 金100,700円

2 逸失利益 金26,156,736円也

A 給与、諸手当、賞与

金11,757,180円也

(1) 原告が専任教諭であつた場合の収入推定額(年額)

<省略>

(註) (イ) 勤務先の定年は65歳なので、大正4年10月2日生の原告は、昭和55年10月1日退職見込であつた。よつて、昭和55年度分給与、諸手当は、同年4月から10月までの7か月分である。

(ロ) 賞与は、昭和52年度分から昭和54年度分までは、給与月額の6.5か月分プラス20,000円で、昭和55年度分のみ3.3か月分プラス10,000円である。

(2) 時間講師(非常勤講師)になつた原告の収入額及び同推定額

<省略>

(註) (イ) 時間講師には、専任教諭と同じような諸手当、賞与は支給されない。

(ロ) 担当時間は、1週13時間である。

(ハ) 昭和55年度分のみ推定額

(3) 原告が専任教諭から時間講師になつたため、定年までの収入推定額は、22,795,900-3,200,600=19,595,300円の減額となり、原告の生活費として収入額の4割相当額(7,838,120円)を控除した残額19,595,300円×0.6=11,757,180円をもつて、給与、諸手当、賞与の逸失利益とする。

B 退職金 金7,678,800円也

(1) 原告が受領した退職金

金7,081,200円也

原告が昭和52年3月31日、退職によつて支給を受けた額は、金7,081,200円である。

(2) 原告の得べかりし退職金

金7,678,800円也

原告が昭和31年4月1日、日本大学藤沢高校の専任教諭となつてから、本件交通事故なかりせば、昭和55年10月1日の満65歳の定年まで、25年間専任教諭として勤務しえたはずだから、退職金支給規程により、原告が得べかりし退職金は以下の如し。

退職金=最終基本給の本給月額(基本給×78.5%)×支給月数

=(391,800×78.5%)×48

=307,500×48

=14,760,000円

この額から、既に支給ずみの7,081,200円を控除した

14,760,000-7,081,200=7,678,800円

が、原告の得べかりし退職金である。

C 退職慰労金 金2,642,376円也

(1) 原告が受領した退職慰労金

金2,354,499円也

原告が、昭和52年3月31日退職によつて支給を受けた額は、金2,354,499円である。

(2) 原告の得べかりし退職慰労金

金2,642,376円也

原告が、上記のとおり、定年までの25年間、専任教諭として勤務しえたはずであるから、退職特別慰労金支給規程により、原告の得べかりし退職慰労金は以下の如し。

退職慰労金=最終基本給の本給月額(基本給×78.5%)×財団員年数×支給率

=(391,800×78.5%)×25×0.65

=307,500×25×0.65

=4,996,875円

この額から、既に支給ずみの2,354,499円を控除した。

4,996,875-2,354,499=2,642,376円

が、原告の得べかりし退職慰労金である。

損害明細書(3)

第3 慰藉料 金5,030,000円也

1 原告の湘南第一病院への入院、通院期間は、以下のとおり(前記)。

<1> 入院 昭51.4.20~昭51.5.29 入院治療 40日間

<2> 通院 昭51.5.30~昭52.7.15 通院治療 365日間

内治療実日数 75日

この間、昭51.5.30~昭51.6.30まで辻みね子の付添を要した。

<3> 通院 昭52.7.16~昭53.6.12 通院治療 332日間

内治療実日数 60日

以上の点と、前記損害算定事情中、特記すべき事項を考慮すれば、50日間の重傷入院、135日の重傷通院としての傷害慰藉料は、金1,000,000円也を下らない。

2 後遺症の慰藉料

原告の右上肢が上らないのも、肩関節に著しい機能障害を残すものといえ、これは自賠法施行令別表(第2条関係)の第10級10に相当する後遺障害である。この保険金額4,030,000円也を慰藉料とする。

以上、1、2合計金5,030,000円也を原告が被告等に請求する慰藉料とする。

損害明細書(A)

第1 積極損害 金177,900円也

1 交通費 金87,900円也

(1) 昭和51年5月30日から昭和52年7月15日まで通院治療期365日間のうち、治療実日数75日(前記)

この通院期間中、原告は歩行困難であつたから、被告会社のタクシーを利用したが、当時、片道450円、往復900円であつた。故に、通院時、900円×75日=67,500円の通院交通費を出費し、同額の損害を蒙つた。

(2) 昭和52年7月16日から昭和53年6月12日までの通院治療期間332日間のうち、治療実日数60日(前記)、即ち、昭和52年9、10、11、12の4か月間に、1か月に15日間通院した。

小田急電鉄、六合駅から湘南台駅まで、片道170円、往復340円であつたから、340円×60=20,400円の通院交通費を支出し、同額の損害を蒙つた。

2 付添費 金50,000円也

原告の入院期間中、付添つた辻みね子に対し、辞めるとき、金50,000円を、謝礼として支払い、同額の損害を蒙つた。

3 入院諸雑費 金40,000円也

以上

損害明細書(B)

第2 消極損害 金22,179,056円也

1 休業損害(諸手当の減額分)

金100,700円也

本件事故当日の昭和51年4月20日から同年6月30日まで長期欠勤したため、以下の手当が減額支給された。

(1) 試験及び期末手当 基準額 217,200円

実際支給額 186,500円

差額 30,700円―<1>

(2) 夏期手当 基準額 506,560円

実際支給額 436,560円

差額 70,000円―<2>

差額計(<1>+<2>) 金100,700円

2 逸失利益 金22,078,356円也

A 給与、諸手当、賞与の差額の内金

金11,757,180円也

(1) 原告が専任教諭であつた場合の収入推定額(年額)

<省略>

(註) (イ) 勤務先の定年は65歳なので、大正4年10月2日生の原告は、昭和55年10月1日退職見込であつた。よつて、昭和55年度分給与、諸手当は、同年4月から10月までの7か月分である。

(ロ) 賞与は、昭和52年度分から昭和54年度分までは、給与月額の6.5か月分プラス20,000円で、昭和55年度分のみ3.3か月分プラス10,000円である。

(ハ) 昭和52年度分とは昭和52年4月1日から昭和53年3月31日までのことである。昭和53年度分及び昭和54年度分についても同趣旨である。

(2) 時間講師(非常勤講師)になつた原告の収入額及び同推定額

<省略>

(註) (イ) 時間講師には、専任教諭と同じようには諸手当、賞与は支給されない。

(ロ) 担当時間は、1週13時間である。

(ハ) 昭和55年度分のみ推定額

(ニ) 上記(1)の(註)(ハ)と同じ。

(3) 原告が専任教諭から時間講師になつたため、定年までの収入推定額は、22,795,900-3,231,800=19,564,100円の減額となるが、その内金11,757,180円をもつて、給与、諸手当、賞与の逸失利益とする。

B 退職金の差額

金7,678,800円也

(1) 原告が受領した退職金

金7,081,200円也

原告が昭和52年3月31日、退職によつて支給を受けた額は、金7,081,200円である。

(2) 原告の得べかりし退職金

金7,678,800円也

原告が昭和31年4月1日、日本大学藤沢高校の専任教諭となつてから、本件交通事故なかりせば、昭和55年10月1日の満65歳の定年まで、25年間専任教諭として勤務しえたはずだから、退職金支給規程により、原告が得べかりし退職金は以下の如し。

退職金=最終基本給の本給月額(基本給×78.5%)×支給月数

=(391,800×78.5%)×48

=307,500×48

=14,760,000円

この額から、既に支給ずみの7,081,200円を控除した

14,760,000-7,081,200=7,678,800

が、原告の得べかりし退職金である。

C 退職慰労金の差額

金2,642,376円也

(1) 原告が受領した退職慰労金

金2,354,499円也

原告が、昭和52年3月31日退職によつて支給を受けた額は、金2,354,499円である。

(2) 原告の得べかりし退職慰労金

金2,642,376円也

原告が、上記のとおり、定年までの25年間、専任教諭として勤務しえたはずであるから、退職特別慰労金支給規程により、原告の得べかりし退職慰労金は以下の如し。

退職慰労金=最終基本給の本給月額(基本給×78.5%)×財団員年数×支給率

=(391,800×78.5%)×25×0.65

=307,500×25×0.65

=4,996,875円

この額から、既に支給ずみの2,354,499円を控除した

4,996,875-2,354,499=2,642,376円

が、原告の得べかりし退職慰労金である。

以上

損害明細書(C)

第3 慰藉料 金2,600,000円也

1 原告の湘南第一病院への入院、通院期間は、以下のとおり(前記)。

<1> 入院 昭51.4.20~昭51.5.29 入院治療 40日間

<2> 通院 昭51.5.30~昭52.7.15 通院治療 365日間以上

内治療実日数 75日

この間、昭51.5.30~昭51.6.30まで辻みね子の付添を要した。

<3> 通院 昭52.7.16~昭53.6.12 通院治療 332日間

内治療実日数 60日

以上の点等から原告の傷害慰藉料は、金1,000,000円とするのが相当である。

2 後遺症慰藉料

金1,600,000円也

以上、1、2合計金2,600,000円也

以上

別紙

<省略>

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